小さいすずめに「大丈夫だよ」と言う

映画『すずめの戸締まり』の終盤で、
すずめは、小さい頃の自分と向き合います。
怖かった。
寂しかった。
苦しかった。
そんな小さい自分に、
「大丈夫だよ」
と語りかける。
辛かったね。
苦しかったね。
それでも、よく頑張ったね。
「ごめんね」
「ありがとう」
今の自分がいるのは、
あの小さい自分が、一生懸命ここまで生きてきたから。
すずめの涙は、
ただ悲しいから流れる涙ではありません。
ずっと置き去りにしていた自分を、
今の自分が迎えに行く涙です。
弱かった自分を消すのではない。
苦しかった自分を否定するのでもない。
「あなたがいたから、今の私がいる」
そう、自分自身を受け入れていく。
幸せかもしれない瞬間に「私は幸せになれるはずがない」が出てくる

ある瞬間、
「もしかして、私は幸せなのかもしれない」
という感覚が出てくる。
周りには人がいる。
自分を受け入れてくれる場がある。
今までとは違う自分がいる。
「あれ?」
「もしかして、すごい自分が愛されてるんじゃないの?」
そう感じ始める。
でも、その瞬間に、
「私は幸せになれるはずがない!」
が出てくる。
幸せだから安心するのではない。
幸せに触れたからこそ、怖くなる。
怖い。
不安。
本当に?
そんなはずない。
その感覚を受け取りたくなくて、
「わからない」
にしてしまう。
つまり、
幸せになれなかったのではない。
幸せが目の前にあったのに、それを受け入れなかった。
幸せを認めたら、
今まで信じてきた自分が崩れてしまう。
「私は幸せになれない」
という自己否定の世界が、終わってしまう。
だから、幸せを受け入れることの方が怖かった。
苦しみに打ち勝てなかったのではない。
幸せを受け入れることに、打ち勝てなかった。
でも今なら、小さい自分に言える。
「大丈夫だよ」
辛かったね。
苦しかったね。
本当によく頑張ったね。
そして、
「もう、幸せを受け取っていいよ」
と言ってあげる。
幸せは、未来に手に入れるものではなかった。
今ここに、すでにあった。
弱さの中にこそ、力が現れる

ここで、イエスの言葉が重なります。
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである。」
—『コリントの信徒への手紙 二』12章9節
強くなってから、幸せになるのではない。
弱さを克服してから、価値が生まれるのでもない。
怖い自分。
不安な自分。
幸せを受け入れられなかった自分。
そんな自分のままでいい。
むしろ、
その弱さの中に、力が現れる。
足りない自分に、何かを付け加えて完成するのではない。
すでに、
「わたしの恵みはあなたに十分である」
と言っている。
足りなかったのではない。
すでに、あった。
幸せも、恵みも、力も、
今ここにある。
ニーチェは、どんな人生にもYesと言う
ここから、ニーチェにつながります。
ニーチェのディオニュソス的肯定は、
人生のいい部分だけを肯定することではありません。
成功した自分だけを好きになるのでもない。
健康な自分だけを肯定するのでもない。
弱かった自分も。
怖かった自分も。
間違った自分も。
幸せを拒んでしまった自分も。
その全部に、
Yes
と言う。
病気になっても。
失敗しても。
何もかも失っても。
最低最悪の状況になっても。
それでも、
「最高♪」
と言えるのか。
もちろん、
苦しいのに「苦しくない」と思い込むことではありません。
苦しいなら、苦しい。
悲しいなら、泣く。
怖いなら、怖い。
その感情まで全部認める。
そして、その上で、
「それでも、これが私の人生だ」
と言う。
どんな自分も切り捨てない。
どんな過去も切り捨てない。
小さい頃の自分も。
自己否定していた自分も。
幸せを受け入れられなかった自分も。
全部連れて、
「この人生で最高♪」
と言う。
それが、人生そのものへの肯定です。
AI時代に、人間が唯一できること

これからAIは、ますます賢くなっていきます。
文章を書く。
画像を作る。
分析する。
計画する。
プログラムを書く。
そして、
「この目的を達成して」
と伝えれば、
AIは目的達成のために、
より速く、より正確に、より効率よく進んでいく。
ある意味、AIは、
「目的を達成する力」
を極限まで高めていく存在です。
では、人間も、
もっと速く。
もっと効率よく。
もっと正確に。
もっと成果を出す。
そこだけを目指せばいいのでしょうか。
その競争なら、
AIの方が強くなっていきます。
だから、人間がAIを超える場所は、そこではない。
人間にしかできないことは、
目的が達成できなくても、人生そのものを肯定すること。
病気になっても。
夢が壊れても。
思い通りにならなくても。
最低最悪の状況になっても。
それでも、
「最高♪」
と言えること。
小さい自分に、
「大丈夫だよ」
と言う。
弱い自分にも、
「それでいい」
と言う。
そして、
幸せかもしれない瞬間が訪れたとき、
もう、
「私は幸せになれるはずがない」
と押し返さない。
ただ、
「ああ、私は幸せなんだ」
と受け入れる。
未来の目的達成の先に幸せがあるのではない。
幸せは、今ここにある。
イエスは、弱さの中に力があると言った。
ニーチェは、人生そのものにYesと言った。
そして『すずめの戸締まり』は、
傷ついた小さい自分に、
「大丈夫だよ」
と言う。
AI時代に人間が唯一できること。
それは、
どんな自分も否定せず、
どんな人生も切り捨てず、
どんな最悪の状況でも、
「それでも最高♪」
と、人生そのものを受け入れることだと思いませんか?

