映画『キングダム魂の決戦』を観ていて、とても考えさせられたシーンがありました。
趙国将軍である万極が、
秦国による大虐殺に対して「その虐殺した人たち」を恨むのではなく、「秦という国の人」を
憎むようになる場面です。
なぜ人は、目の前の実際に虐殺した人間ではなく、その人が所属する
集団全体を憎んでしまうのでしょうか。
この問いを考えると、人間の脳が持つ「集団への一般化」という
認識の仕組みが見えてきます。
人間の脳は「大雑把に分類する」
私たちの脳は、一日に膨大な情報を処理しています。
そのため、一つひとつを細かく分析するのではなく、
- 日本人
- アメリカ人
- 秦の人
- 趙の人
- 男性
- 女性
というように、大まかなカテゴリー(ジャンル)に分類して世界を理解しています。
これは脳が怠けているからではありません。
生き残るために進化した、とても優秀な機能なのです。
マダラ模様のヘビが教えてくれること
例えば、昔の人類が森で生活していたとします。
ある日、マダラ模様のヘビに噛まれました。
すると脳は、
「このヘビは危険だ。」
と学習します。
さらに、
「同じようなマダラ模様のヘビは、みんな危険かもしれない。」
と認識を広げます。
もし毎回、
「このヘビと前回のヘビは同一個体かな?」
と考えていたら、その間にまた噛まれてしまうかもしれません。
だから脳は、一つの経験を集団全体へ広げて判断するようになりました。
これが、生存率を高めるための「集団への一般化」です。
この機能は人間同士にも働く
問題は、この認識の仕組みが人間にも働いてしまうことです。
例えば、
秦国Aさんに家族を殺された。
本来であれば、
「秦国Aさんが家族を殺した。」
という事実です。
しかし脳は、
「秦の国の人は危険だ。」
さらに、
「秦という国そのものが悪い。」
というように、認識を広げてしまいます。
つまり、
個人への経験が、集団全体への評価へと一般化されてしまうのです。
これが戦争の中で、憎しみが連鎖していく大きな原因の一つです。
現代社会でも同じことが起きている
この認識は、戦国時代だけの話ではありません。
例えば、
- 一人の詐欺師に騙された。
- 一人の店員の対応が悪かった。
- 一人の外国人と嫌な経験をした。
すると、
「この地域の人は信用できない。」
「この国の人はみんな同じだ。」
というように、個人の出来事を集団全体へ広げてしまうことがあります。
実際には、一人と集団全体は別の存在です。
それでも脳は、「同じカテゴリーだから同じようなものだ」と認識してしまうのです。
「認識」を知ることが対立を減らす第一歩
私たちは、現実をそのまま見ているわけではありません。
脳がカテゴリー化し、意味づけした世界を見ています。
だからこそ、
「この人は○○だから。」
ではなく、
「目の前のこの人は、どんな人なのだろう。」
と、一瞬、一瞬、1人の人間として向き合う姿勢が大切になります。
映画『キングダム魂の決戦』は、戦争の物語であると同時に、「人はなぜ集団を憎むのか」という、
人間の認識そのものを問いかける作品でもあります。
私たちの脳には、生き残るために「集団への一般化」という優れた機能があります。
しかし、その機能を理解し、必要に応じて立ち止まって考えることができれば、
偏見や対立を減らし、一人ひとりを個人として見ることができるようになります。
認識の仕組みを知ることは、人を理解する第一歩であり、
より平和な社会への第一歩なのかもしれません。

