「ありがとう」は、奇跡の言葉

人間を愛する技術

最近、「ありがとう」という言葉を、もっと自然に使える人になりたいと思っている。

でも、それは単なる礼儀としてではなく、もっと深い感覚として。

 

「ありがとう」は、漢字で書くと、

「有り難う」元々は、“有ることが難しい”という意味。

つまり、

「こんなこと、本当は起きない」
「奇跡みたいだ」

という驚き。

考えてみれば人と出会うこと自体が、ものすごい奇跡だ。

唐突かもしれないけど、赤ちゃん、つまり、あなたが生まれる前には、卵子に、精子が出会う。

その確率だけでも、想像を超えるほど低い。

さらに、

・無事に育ち
・生まれ
・生き延び
・時代が重なり
・偶然出会い
・今、この瞬間、

同じ空間に存在している。

「うちのじいちゃんがさ、戦争中に弾丸がほほをかすめたらしいだよね」なんて話しも聞いたこともある。

そのじいちゃんが、「え?なに?」とか、ちょっと首を数ミリ動かしただけで、亡くなっていたかもしれない。

どこか一つ違えば、その人には出会えなかった。

 

仏教には、

「人身受け難し(にんしんうけがたし)」

という言葉があるらしい。

 

“人間として生まれることは、極めて難しい”
という意味で、

そこから、
「盲亀浮木(もうきふぼく)」という話し、も知った。

これの内容をざっと書いてみる。

こんな感じ↓

広い海の底に、目の見えない亀がいる。

その亀は、100年に一度だけ海面に浮かび上がる。

海には、小さな穴の空いた木が、波に揺られ漂っている。

そして、100年に一度浮かび上がった亀の頭が、
偶然その穴に入る。

それくらい、人間として生まれることは奇跡だという。

(※今は、チャットGPTで、すぐに、こんな情報をGET!できるから、有難い)

だから最近、人を見る感覚が少し変わってきたように思う。

本当は、誰にも出会えなかったかもしれない。

闇の中の夢みたいに、偶然、今ここで出会っている。
(真理からみたら、実際にそう。)

触れれば消えてしまう、コンロの上の雪の一滴みたいに。

でも、だからこそ愛おしい。

だから、意味や価値をつけなくてもいい。

役に立つとか、損得とか、正しいとか間違いとか。

そういうものを超えて、

ただ、

“存在している”

それだけで、もう十分すごい。

 

だから、最近は、人を褒める言葉も変えたくなっている。

「すごいね」
「さすがだね」

も素敵だけど、

・響いた
・グッときた
・それ好きだな
・センスあるね
・心が動いた
・愛を感じる

そんな言葉を、もっと使いたいと思うようになった。

評価するというより、

“あなたから影響を受けました”

を伝えたい。

そして、「ありがとう」も、

単なる挨拶ではなく、

“あなたが存在していることへの驚き”

として、言える人になりたい。

この世界は、永遠ではない。

人も、時間も、空間も、いつか消えていく。

でも、だからこそ、今この瞬間が尊い。

だから今日も、ありがとう。

出会ってくれて。

存在してくれて。


最後に、ポエムを。

誰にも出会えぬ闇から
夢の中で、あなたに出会っている

触れれば消えてしまう儚さゆえに、

意味も、価値も必要なく

ただ、ただ、愛おしい

だから、あなたを含め
全宇宙、全ての存在を愛する

それでも、わたしは、あいをする。

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