人類初のリゾーム(根っとワーク)組織を感じた90分だった。

リゾーム(根っとワーク)組織

人と人は100%分かり合えない。

そして、分かり合えると勘違いするから、争い、摩擦、衝突、戦争が起きる。

組織になると、それぞれの価値観、考え、観点がバラバラになり、その人数分だけカオスになる。

カオス化してしまう。

どうしても。

どうやっても。

しょうがない。

という無意識深くの諦めがあったのか、今日は、なんだか、魂がホクホクと潤っているので
こうして文書をしたためている。

今日は、緊急社内MTGをします、という突然の呼び出しがあった。

何かやらかしたかな。ミスはないはずだが、、(怖)という戦々恐々とした気分になり、
ちょっと気持ちが憂鬱気味に。。。。。

MTGに参加し、その大前提が、社内で定義されている

「登場人物は関係ない」という共有をし、クライアントさんとのやり取りの
状況を共有する。

そして、その状況に対して、それぞれの観点、大前提、当然と思っていることを出し合う。
そんな所から始まった。

それが感動だった。

まさか?

分かり合えない痛みを出し、それが出会いの歓喜になり、クリエイト化していく。
そんな組織がリゾーム組織であり、自分が目指している世界になるが、

それが目の前で起こってる!

(リゾームとは、地中深くで根っこが繋がっているような信頼、安心の組織のこと)

ずっとこの世界の組織は、TOPダウンでしか秩序化できない、と思い込んでいた。

ボトムアップである平等をうたっている共産主義ですらも、結局は強烈な独裁を生み出し
TOPダウンになってしまう。

人間の脳の機能上である観点固定により、そのバラバラを統一化するために、
暴力やお金の力によるTOPダウン的な組織が

人類の現在地であるはず、なのに・・・・。

しかし、自分たちの社内MTG内では、すべての観点が財産であり、ぶつかりあう所か、

それが融合、クリエイティブの方向性にいくような話しあいが出来てる!

ふつーだったら、リーダーポジションの人が、一括して、ここを直して!こうして!
これダメ!とルールが決まっていく。

そっちの方が早いから当然だろうけど。

実は、

絶対、当然、当たり前、というのは暴力であり、常識という
倫理道徳的な正義を振りかざして人は争いあう。

自分は宗教に10年もいたので体感を通してよく分かるけど、正義、正しさ、ほど
厄介なものはない。

当の本人も、周りも、その争いのエネルギーを感じつつも、それを制する方法がない。

イメージできるもの、考えそのもの、境界線は暴力だ。

そんな人類の組織の不協和音である観点の問題をクリアできない、

と諦めなくていい。

そんなリゾーム型の組織が、ここにある。

ここに、あった!

と、感動したので、文章化してみた。

人類初のリゾーム(根っとワーク)組織を感じた90分だった。

PS:

この文章だけだと、ちょっとイメージ湧かないよね、きっと。w

今日は、もう遅いので寝ます。

明日、時間があれば、文章をもっと明確に、誰でもリゾーム組織とはどんな状態なのかを
書けると思うので、お楽しみに♪

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