【アカペラで歌ってみた】King Gnu『愛憎』は五条悟の「無量空処」だった!?相対世界の苦しみから「悟り」へ至る魂の叫び

悟った人のアニメ解析録

こんにちは!今回は、King Gnuの『愛憎』(AISO)をアカペラで、独自のキングヌーに仕立てて歌ってみました!

この曲、単なるラブソングやヘイトソングではなく、人間の「相対世界の苦しみ」をまざまざと描き出した、ものすごく深く、痛みを伴う楽曲なんです。今回はその歌詞の意味を噛み砕き、最後の最後に待ち受ける「ある衝撃的な気づき」を込めて、声だけの独自アレンジで歌い上げました。

1. 終わらない「相対世界」の苦しみと永劫回帰

曲の前半から中盤にかけて描かれるのは、私たちが生きるこの現実(相対世界)の生々しい苦悩です。 「大東京 狂騒 歌って」というフレーズにあるように、無数の人々が出会い、エゴとエゴをぶつけ合うこの世界。私たちは「愛して、憎んで」を毎日繰り返し、喰らい続けています。

人と人は結局分かり合えず、「はなればなれ」になっても、また同じパターンのめぐり合わせで「さらば またあいましょう」と繰り返す。これはまさにニーチェの「永劫回帰」どんな時代になろうと、私たちは同じところをグルグルと回り続け、気休めのフィクションや出来損ないの条件付きの愛にすがりながら、必死にこの舞台を生き抜こうとしています。

生きていること自体が痛みを伴う十字架のような状態。それが、この曲のベースにある「人間の相対世界」です。

2. 「Kill me」に込められた、生きたまま死ぬ「悟りの知恵」

しかし、ただやられっぱなしでは終われない。人間の無限の可能性を諦めたくないからこそ、主人公は「かませ犬のハイテンション」で一矢報いようと抗います。

そして曲の終盤、正しさばかりで窮屈なこの世界、愛憎まみれの現実に対して、ついに魂の叫びを上げます。

(Kill me! Kill me!) ここを 連れ出して

この「Kill me」は、単なる肉体的な死や自暴自棄を意味しているのではありません。エゴに囚われた小さな自分を終わらせる、つまり「生きたまま死ぬ、悟りの知恵」を意味しています。

愛と憎悪が渦巻く138年の因果(カルマ)から連れ出してほしい。エゴを殺し、生きたまま死ぬことで、この終わらない相対世界から解脱(悟り)したいという、強烈な意思の表れなのです。

3. そして「無量空処(悟り)」へ至る

この最後の「悟りたい」という叫びに行き着いたとき、私はふと『呪術廻戦』の最強の呪術師・五条悟の存在を思い出しました。

私たちが生きる、愛と憎悪の因果が無限に繰り返されるこの相対世界の苦しみは、相手に無限回の知覚と伝達を強制する領域展開「無量空処」の中に囚われている状態とどこか似ています。

「知覚と伝達」が無限に終わらないため、思考を行動に移せず何もできなくなってしまうのです

生活する際にわざわざ知覚しなくていい情報まで強制的に処理させられ、「いつまでも情報が完結しない!!」という圧倒的な負荷をかけられ続けているようなものです。
(※まさに情報洪水時代から、何を選択していいか分からないAIの情報を取捨選択時代の悩み、痛みですね。)

すべてを奪って本当の自由になりたい。「生きたまま死ぬ(Kill me)」覚悟で、この息苦しい相対世界(=終わらない情報の波・無量空処)から抜け出したい。その強烈な渇望の先にあるのは、まさに真の「悟り」(nTech)の境地です。

限界の感情をアカペラに乗せて!

今回のアカペラアレンジでは、前半は相対世界でもがき苦しむ生々しい人間の痛みを声の重なりだけで表現し、最後の「ここを連れ出して」のパートで、因果からの解脱(生きたまま死ぬ悟り)を求める魂の叫びを、独自のキングヌーテイスト全開で歌い上げました!

楽器のない生身の声だからこそ伝わる、泥臭い現実の苦しみから一気に悟りの境地へと手を伸ばす瞬間の感情の爆発を、ぜひ動画で体感してください!

(※動画のリンクはこちら↓)
https://youtu.be/wNTkijFx0So

 

【おまけ】『愛憎』の深淵へ。私なりの全歌詞解析

最後に、今回のカバーや考察のベースとなった、私なりの『愛憎』の歌詞解析をそのまま掲載しておきます。

この解釈を読みながら、改めて楽曲や私のアカペラカバーを聴き直してみてください。終わらない相対世界(無量空処)でもがき、最後に「悟り」へと手を伸ばす叫びが、きっと全く違う景色として見えてくるはずです!

Love me! Love me!
愛して、愛して
Hate me! Hate me!
憎んで、憎んで
Love me! Love me!
愛して、愛して
Kill me! Kill me! (Oww)
私を殺して、殺して

愛憎 愛憎 渦巻いて
愛と憎しみが渦巻いている相対世界

大東京 狂騒 歌って
大東京はたくさんの人たちがいて、それが出会い、ぶつかり合っていることを競争(狂騒)という定義で、歌っている

まわれ まわれ 時代の
どんな時代だろうと、同じとところをグルグル回っている
つまりは、ニーチェの永劫回帰になる

生き恥に ずぶ濡れで
生きていることが、人間は涙そのもの、痛みを伴っている、イエスの十字架状態

愛憎 愛憎 を くらって
愛と、憎悪を毎日、食らっている、というか人間は、それしかやってない。

参ろう たいそうな 様で
エゴの小さい自分を大きくしようとして、たいそうな振る舞いをしているだけ

離れ 離れ で しまいよ
人と人は分かり合えないから、裏切り、決別してします、

さらば また あいましょう
けれども、人間は同じ認識のパターンなので、同じような人と出会うめぐり合わせ、なので、また会いましょう、と言っている

ドラマチックに おぼれて
この世界は映画のドラマのようで、そこにハマって、おぼれているだけ

未完成な 私を 認めて
人間は誰もが未完成で、自分を認めて!と叫んでいる存在

気休めえの フィクション
この世界の嬉しいこと、楽しいことは、所詮気休め程度になる

嘘と 真の 不協和音
この相対世界のニセモノ、嘘と、真実が、バラバラになって、不協和音を奏でる

出来損な 愛でも 許して
人間は真理を知らないから、出来損ないな愛、条件付けしかできない、だから、当然、条件が変われば愛がなくなるから、それでも許して、と言っている

構わない この舞台 生き抜いて
一時的な愛でも構わない、この現実世界に生きないと、いけないから

かませい「ぬ」の ハイテンション
けど、何か一矢を報いたい

ヤラレ っぱなし じゃ
自分が何なのか?分からず、混迷している、誰かの言ったこと、に翻弄される
生殺与奪の権を他人に奪われたくない!

ほんとうの自分に出会って無限の可能性を爆発させたい!

大人しくは なれない
だから、人間の無限の可能性を諦めたくないから、叫びたい、おとなしくはなれない!

(Love me! Love me!) 正しさばかりで
この世界は、倫理道徳、正しさに掴まれて、窮屈だ

(Hate me! Hate me!) 全部 うばって
だから、すべての正しさを奪って本当の自分になり、大自由になりたい

(Love me! Love me!) 愛憎 まみれで
愛と憎悪まみれの相対世界(現実世界)だ

(Kill me! Kill me!) ここを 連れ出して
だから、愛と憎悪のニセモノの自分を殺して、138年の因果(カルマ)から
連れ出して欲しい!

本当の自分に出会いたい!

その人類の叫び、そのもの。

 

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