呪術廻戦【髪かきあげドブカス】禪院直哉が人気な理由が衝撃的すぎた(汗)

悟った人のアニメ解析録

呪術廻戦【髪かきあげドブカス】禪院直哉が人気な理由が衝撃的すぎた。(汗)

こんにちは。今回は、『呪術廻戦』に登場する禪院直哉というキャラクターについて、
少し深い視点からお話ししてみたいと思います。

実は先日、「真理を活用したコンサル」を受ける機会がありました。

そこで私は、「この世界の正しさはすべて人間が勝手に意味づけした幻想(錯覚)に過ぎない」という、
とてつもなく深い気づきを得たんです。

この体験と、呪術廻戦で描かれる禪院直哉の姿、そして真希・真依の物語が
見事にリンクしていると感じたので、皆さんにシェアしたいと思ってこの記事を書いています。

なぜ「ドブカス」の禪院直哉がこれほど惹きつけられるのか?

アニメ第51話「葦を啣む」で、禪院直哉は覚醒した真希に敗れ、這いつくばった末に背後から真希の母に刺されます。

その最期は「ざっけんなや!呪力が練れん!ドブカス……がぁ!」という惨めなものでした。

自らが放った「三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ」という言葉が
そのまま返ってきた、まさに芸術的な因果応報です。

しかし一方で、第48話での彼は、戦闘中にもかかわらず

前髪を優雅にかき上げながらパンチを放つという、アニメオリジナルの演出を見せつけました。

このシーンは放送時にも大きな話題になりましたが、圧倒的にエレガントで堂々としたエゴを感じます。

なぜ、こんなにも自分勝手で因果応報な彼が、一部で熱狂的な人気を集めているのでしょうか?
自分自身の心と向き合って解析した結果、その理由が衝撃的すぎたのです。(汗)

 

私自身の過去の体験:「怒り」を抑圧した日々

ここで少し、私の体験談をお話しさせてください。

昔、私は会社の上司の立場で後輩に対して怒りを激しく爆発させてしまったことがありました。

その時、「あぁ、自分ってすごく短気で怒りっぽいんだ」と深く自己嫌悪に陥り、「怒りはよくないものだ」
「いつもニコニコして、歓喜や感動することこそが素晴らしいんだ」と自分に強く言い聞かせるようになりました。

でも、さっき言ってた真理を活用したコンサルを受けて、自分の深い内面が浮彫になり、衝撃的なショックを感じたんです。

その「いつもニコニコしていなければならない」というルールの裏には、
「自分の言葉が伝わらない、分かってもらえない」という強烈な孤独と不安が隠れていました。

本当は、他人に優しくする余裕なんて全くないほど、さみしさ、孤独の蓄積からくるストレスと怒りを内側に
限界まで溜め込んでいた。

だからこそ、他人の目など一切気にせず、自分の欲求や攻撃性を100%全開にして生きている直哉の姿を見ると、
激しい嫌悪感(イライラ)が湧きました。

でも、その正体は「自分もあんな風にわがままに振る舞いたい!」という強烈な嫉妬(ルサンチマン)だったのだと、
今なら解析できます。

最悪だと思っていた人間像(怒りをまき散らす存在)が、実は抑圧した自分自身の写し鏡だったという事実は、
本当に衝撃的すぎた気づきでした。

真実からこの相対世界の現実を見た時に、一番、ムカつく!一番許せない!そんな存在は
自分自身の無意識の現れなんですね。
(※これ受け入れられない人が多と思いますが。。。。)

 

「全部壊して」真依が遺した究極の真理

さて。

禪院家という環境は、「他人の足を引っ張り合うことが美徳?」とされる理不尽な世界です。
真希と真依の父親である扇(おうぎ)もまた、自分が当主になれなかった理由を「子供の出来が悪いせいだ」と
責任転嫁するようなドブカス人物でした。

本当は自分が兄より弱いだけなのに、それを認められず、娘たちを「出来損ない」と蔑むことで自分を保っていたのです。

そんな「思い込みと偽物のルール」に縛られた世界で、真依は命を懸けて真希に「全部壊して」と託しました。

「依」という漢字には「心の拠り所」という意味があるそうです。

真希にとっての心の拠り所だった真依が自らを犠牲にしたからこそ、真希は「葦を啣む(雁が遠くへ飛び立つ準備を終えること)」ことができました。

この真依の「全部壊して」という言葉は、単に禪院家という物理的な家系を壊せという意味だけではないと自分は解析します。

私たちが無意識に信じ込んでいる「怒ってはいけない」「ルールに従わなければならない」という
思い込みの固定(=錯覚の世界、偽物のルール)をすべて破壊せよ、という真理のメッセージだと思うのです。

その言葉を受け取った真希は、古いルールとエゴの象徴である禪院家や直哉たちを打ち倒し、本来の圧倒的な力に覚醒しました。すべての思い込みを壊した先には、絶対的な自由があるのだと教えてくれている気がします。

 

全人類へのメッセージ:不完全な私を認めて

この世界には「絶対的な正しさ」なんて最初から存在せず、すべては人間が意味づけした幻想に過ぎません。

呪術廻戦の主題歌であるAISOの歌詞の中に、
「不完全な私を認めて、出来損ないな愛でも許して」
という言葉があります。

TVアニメ『呪術廻戦』第3期「死滅回游 前編」ノンクレジットOPムービー/OPテーマ:King Gnu「AIZO」|毎週木曜深夜0時26分(24時26分)~MBS/TBS系28局にて放送中!!

 

これは、抑圧から解放され、偽物の世界をすべて壊した後に残る「本当の自分」に向けた、
全人類への究極の愛と許しのメッセージだと自分は強く感じています。

禪院直哉のようにわがままな自分も、真希のように出来損ないだと思い込んで傷ついていた自分も、
すべて丸ごと許してあげる。そうやって「全部壊して」自由になった時、

私たちは初めて本当の自分を生きられるのだと思います。

 

PS:

それにしても、呪術廻戦の主題歌King GnuのAIZOの曲。

愛と憎(あいぞう)

相反する世界が同時にある。

愛して!と憎んで!が同時に発せられているけど、

それが究極の愛としてのメッセージとして投げかけられるんだな、と。

 

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